今回は、スポーツ格闘技と武術ではどちらが実戦で使えるのか、
またそれぞれの技術の違いについて解説します。
まず前提として格闘技と武術の定義は
格闘技:
ボクシング、フルコンタクト空手、総合格闘技など、厳格なルールの下で試合に勝つことを目的としているもの武術:
中国武術、 沖縄古流空手、軍隊格闘術など実戦での使用を念頭に置いているもの。基本的に武器の使用を想定しており、徒手格闘はあくまで科目の一つである
といった認識でお話しさせていただきます。
格闘技と武術では戦いの前提が違っている
まず知っておかなければいけないのは格闘技と武術の目的の違いです。
格闘技は決められたルールの中で相手を倒すために最適化された技術であるのに対して、
武術は「常に多人数から襲われることを想定して稽古するクラヴマガ」「日常生活で不意に襲い掛かってきた相手に対し、その勢いを利用して技をかける合気道」のように、法律すら無視した何でもありの状況で命を守るための技術であるということです。
格闘技の闘いでは、なるべく相手の体を壊さずにダメージだけを与えます。
この闘い方がマッチしている場面といえば、お互いに “殴り合いはするけども相手を殺したり後遺症を残したりはできないな…”という暗黙の了解がある路上のケンカではないでしょうか。
それに対して武術は、相手の急所を狙ったり人体を破壊するために技が構成されています。
そのため実際に武術をつかうのであれば傷害致死罪などで訴えられないよう、本来の技の大部分を封じたまま戦うことになるでしょう。
さらに武術は多対一や乱戦、武器の使用なども想定しているので、一対一のクリーンな戦いにおいては不必要で無駄な動きが多いのも事実です。
ただしその分、武術は様々な危機的状況に対応することができ汎用性に優れています。
多人数に襲われた場合や、武器持った相手に対する技術があり、また傘など身近なものを武器として扱う応用力も養えます。闘うのはリングの上だけでなく、でこぼこな山道やぬかるんだ土の上、狭い室内など場所を選びません。
つまり自分が危機に瀕したとき、少しでも生存確率を上げるために使うのが武術なのです。
というわけで「格闘技と武術ではどちらが実戦で使えるのか」の結論としては
強くなりたい、殴り合いのケンカに勝ちたいなら格闘技、
身の危険が迫った時に生存確率を上げたいなら武術
がより有用性が高くなります。
格闘技と武術の技術的な違いについて
構え方の違い
格闘技を武術の構え方を比べてみると、武術では体の側面しか見せないくらい半身になって構えることが多いですが、格闘技では比較的正面を向いて構えます。これは相手の武器を警戒するかしないかの違いです
武術家・山田英司先生著「八極拳ノート」によると、昭和29年に開かれた第一回空手道選手権大会では出場者全員が沖縄唐手の基本に忠実に、半身の構えで闘いました。しかし第二回、第三回と大会が続くにつれ、完全な半身で闘う選手は勝てなくなり、やや正面向きの選手ばかりが活躍するようになっていきました。武器を警戒する必要のない格闘技では、腹などの急所を守るよりも正面を向いて両手両足を攻撃にまわせるほうが断然有利だったのです。
このように、武術が格闘技として広まっていく過程では、技術自体も変化していくことが避けられません。
蹴り技の違い
多くの武術では、格闘技のハイキックのような高い位置への蹴りを使いません。これはルールのない戦いにおいて、こけて倒れたり、敵に足を掴まれることは致命的だからです。
→蹴り脚を捕られるとこうなります ※動画閲覧注意
このように転んでいる隙に武器で刺されたり、押さえつけられて複数人で蹴られたりといった危険があるので、何があろうと両足で立っていられることが重要になります。
なので武術では蹴りを使うとしても低い位置、あるいは蹴るよりも、相手の足を掛けて転がす技が多くみられます
中国拳法などでは、相手に動きを読まれないために腰を入れないコンパクトな蹴りがよく使われます。基本的に中国拳法では硬い靴を履いていることが前提(稽古でもカンフーシューズを履いています)なので、このような蹴りでも十分効かせることができるのです。
流派によってはカンフー映画で見るような派手な飛び蹴りも存在しますが、これは主に武器を持った相手に対する奇襲技として使われます。
フットワークの違い
フルコンタクト空手や90年代のボクサーのように、打撃系の格闘技では跳び跳ねるようなステップを踏むことがあります。ステップを踏んでいると初動が早く、また着地に合わせて打つことで体重を乗せた強打を放つことができます。
一方、武術の場合はほとんどが踵をあまり上げないベタ足で、摺り足での移動です。これは動きを読まれにくいこともありますが、屋外で足場の悪い場所でも滑らず倒されず戦うために欠かせないフットワークだからです。
武器術
武術は基本的に武器術がメインであって、素手での格闘はその応用に過ぎません。
例えば合気道なら日本刀、八極拳なら大槍というように基になる武器術があり、それを修めることで素手での理合いも理解しやすくなるでしょう。
↓ナイフやスティックの扱いに長けたフィリピンの武術エスクリマ。
武器と素手での技術が共通していて、同じ動きで闘うことができる合理性からアメリカ軍や警察、FBIなどで広く採用されています。
ボクシングなど格闘技のパンチは拳を肩のあたりから打ち出しますが
それに対して空手や八極拳などの突きは腰のあたりからまっすぐ突き出す軌道で放たれます。
これはもともと武器を失い素手で闘うことになっても、剣や槍、長棒などの武器を突きだすのと同じ動きで攻撃できるようになっていたのです
「武術家はタックルに弱い」と言われることがありますが、これは武術が常に「相手が刃物などを手にしている」ことを想定しており、相手と組みつきあって戦うという概念が存在しないためです。
武術や格闘技を嗜んでいる方でも、組み技を知らないとタイマンのケンカではかなり不利になるので、最低限タックルへの対策はしておいてください。
→喧嘩でのタックル、マウントポジション対処法
実戦における格闘技と武術の抱える問題
格闘技を実戦で使う場合、最大の問題はルールが存在しないことです。
格闘技はあくまで限定的なルールの中で勝てるよう最適化された技術なので、不意打ち・急所攻撃・武器の使用・仲間の乱入など想定外の事態が起こる実戦では、実力のある格闘家でも後れをとることが少なくありません。
こうした場面では相手に何もさせないうちに素早く倒す事、危険を感じればすぐ逃げる事を意識する必要があります。
一方で武術の抱える問題は、実践の場が限られているという事です。
この平和な日本において、人を殴った経験すらないまま生涯を終える武術家さえ存在します。それはそれで良いことですが、それで真に実力がつけられたかは疑問が残ると言わざるを得ません。
もちろん武術でも、お互いに決まった動きをする約束稽古や、ケガをしないようにルールを定めて組手を行うなどの工夫をしています。ですがもし安全なルールの中で勝ち負けにこだわるようになれば、それはスポーツとなり、技術もどんどん本質から離れて行ってしまいます。
安全性を取れば真の実力がつかず、本気の稽古を行えば相手も自分も無事では済まない。これはすべての武術がかかえるジレンマでもあります。